品川弥二郎生誕地

品川弥二郎生誕地

品川弥二郎
天保十四年(一八四三)九月、中間品川弥市右衛門の子として、萩松本村船津に生まれる。安政四年(一八五七)、十五歳のとき松下村塾に入り、当初より松陰に大変期待されたようである。文久年間(一八六〇~六三)以降、七卿落ち、禁門の変など、つねに幕末の政争において第一線で活躍した。慶応三年(一八六七)には討幕の密勅を山口に持ち帰った。
明治三年(一八七〇)ドイツへ赴き農政などを研究、同十四年農商務大輔となり、とくに産業組合の設立に尽力した。その後、駐独公使、内務大臣など要職を歴任した。また、東京・松陰神社、京都・尊攘堂の創建にも携わった。明治三十三年(一九〇〇)没、享年五十八歳。

萩  市


現地にある萩市の案内板より