棟上げの菓子袋の思い出

以前は棟上げといって新築家屋の骨組みが出来上がると、餅を撒いたり近隣の子供たちに菓子の詰まった袋を振る舞ったりする風習がありました。 今でもこの様な習慣の残る地域もあると思うのですが、私も数十年前の小学6年の頃にこの棟上げの情報をつかみ悪友たちと菓子袋を貰うため行列に並んだことがありました。菓子袋を受け取りソフトボールの続きをするため空き地に戻っていると後ろの方から「2回目貰っちゃったもんね。もう残り少なかったから貰えないかもよ」と1コ年下の男児の声が・・・それを聞いた私と悪友たちはこの5年生のことを「この欲張りやろう!」と思いながらも先に貰った菓子袋を隠しダッシュで棟上げ会場へカムバック、しかし敵も然るもので菓子袋を配るおばちゃん達は「だめだめ、アンタたちさっき来てたっぺ」と追い払われてしまいました。 話は突然 遡って西暦1600年。 「関ヶ原の戦い」が起こると、豊前・中津にあった黒田如水は九州の西軍の城を攻略するため兵を集めます。そして募兵に応じた浪人や百姓たちに、質素倹約で貯め込んだ金を惜しげもなく配ります。その時 支度金を受け取るため列に並んだ者たちの中に二度目の金を受け取ろうとする者がいることを知った如水ですが、怒りもせず笑って知らぬ顔の半兵衛を決め込んだと言われています。 あの棟上げの日から数十年経った今となっては「できるだけ多くの子供たちにを菓子袋を配りたい」というおばちゃん達の気持ちが理解できる様になったのですが、如水のような気っ風の良さを未だに持ち合わせることができないのは、懐の大きさの問題なのでしょうか・・・。