『自省録』わずらわしさは主観から

『自省録』わずらわしさは主観から

「物事は魂に触れることなく外側に静かにたっており、わずらわしいのはただ内心の主観からくるものにすぎない。」
 
アウレーリウスにも煩わしい事が沢山あったのかもしれません。実際の出来事は自身の外側で起こる事で、それを自身の内部の主観で感じるのであるから、その感じ方、考え方次第で煩わしさから離れられるのではないかと考えたようです。