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名言・格言「黒板にちゅ~も~く!」

君子は己を省みる。人を毀る暇あらんや。

伊藤東涯

 
 

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【注目の記事】

五輪ショーディレクター解任② 投稿日2021年7月23日
小林賢太郎氏のショーディレクター解任が東京五輪開会式前日に発表されました。理由は小林氏の芸人時代にホロコーストに関連して心無い表現があったためのようです。 もう20数年前のコントのアドリブで言った一言 [...]

Boys and girls, get freedom 投稿日2021年7月12日
ユーミンはラジオで「ひとつやれる事が増えるたびに、私は自由になれる」と言っていましたが、宮本武蔵も「鍛錬をもって体が自由になれば、身体でも勝ち・・・」と『五輪書』で語っています。 ここで言う自由とは、 [...]

迷わず行けよ、行けばわかるさ 投稿日2021年7月11日
踏み出せばその一歩が道となる。迷わず行けよ、行けばわかるさ。 清沢哲夫   アントニオ猪木氏はこの言葉を一休和尚の言葉と思っていたようですが、実際は清沢哲夫という宗教家の言葉らしいです。ただ [...]

勝海舟の不党のすゝめ 投稿日2021年2月27日
勝海舟は多数の弟子や学びを請う若者が多かったにも関わらず、党を作って時世を動かそうという行動をとっていません。 この事について『氷川清話』にはこのような海舟の言葉が載せられています。   人 [...]

海舟の手切れ指南 投稿日2021年1月25日
維新の頃の話です。とあるお役人が海舟先生を訪ねた際、雑談ついでに「愛人が飲み代を立て替えてくれるのです」とのろけます。   それからしばらくして、そのお役人が再び先生の元を訪れ、別れ話で先の [...]

卑弥呼の親魏倭王印? 投稿日2021年1月4日
西暦238年、魏の曹叡(曹操の孫)は朝貢した倭王の卑弥呼に対し「親魏倭王」の称号を与え金印を授けます。中国の史書では倭国が受けた金印はこの「親魏倭王」印と後漢の時代に送られた「漢委奴國王」印の二つだけ [...]

金印の「委」は「倭」の略字? 投稿日2021年1月2日
「委字は倭字を略したる者と相見えん」これは亀井南冥の金印鑑定書に書かれる言葉になります。『「漢委奴国王」印の「委」という文字は「倭」の人偏を略したものと思われる』といった意味になります。 後漢書には「 [...]

小倉碑文訳 投稿日2020年7月4日
天仰 実相 円満 兵法 逝去 不絶   兵法天下無双   1654年4月19日、孝子、武蔵を敬って建立 1645年5月19日、肥後熊本に於いて死去 兵庫県赤松氏の子孫・新免武蔵玄信 [...]

漢委奴国王印の鈕はラクダ? 投稿日2020年6月28日
金印「漢委奴国王」の鈕(ちゅう・印のつまみの部分)は駱駝を蛇に改造したものではないかという説があるようです。言われてみれば蛇というよりは駱駝に近い様な気がしないでもありません。   中国の各 [...]

小倉碑文 投稿日2020年5月31日
宮本武蔵の碑 この碑は宮本武蔵の養子・伊織が建立したものである。伊織が播州(兵庫県)明石の藩主であった小笠原忠真に仕えたのは、寛永三年(一六二六)十五歳の時で、同九年小笠原氏が小倉に入国したときには [...]

筑後みやまの平家伝説 投稿日2020年5月9日
壇ノ浦の戦いで生き残った平家の一団は船または徒歩で博多を経て、そこから大宰府に向かったものと思われます。ただ頼りの原田種直は「葦屋浦の戦い」で源範頼に敗れもう平家の人々を守る力も気力もなかったのかもし [...]

ニコンD80 修理履歴 投稿日2019年6月3日
NIKON D80 の修理がやっと完了しました。 修理を完成させるために、シャッターユニットに取り付け忘れたバネの装着を試みたのですが、これがほんとに難しい。ボディを回転させたり傾けたりしている間に配 [...]

寝転んで待つのが第一サ。 投稿日2019年2月24日
最近、勝海舟の談話集「氷川清話」(講談社学術文庫)を読んでいるのですが、その中で海舟は悪い立場に陥った際の対処方法を次のとおり語っています。   「上がった相場も下がるときがあるし、下がっ [...]

野上一閑と三奈木弥平次 投稿日2018年12月17日
大友氏が島津氏に大敗を喫した耳川の戦いから3年、筑後平野では秋月氏や龍造寺氏が弱体化する大友配下の諸城に攻めかかります。これに大友宗麟は救援の軍を送りますが、この兵の中に野上入道一閑という豪傑がおりま [...]

伝説の牝馬・ロジータ 投稿日2017年5月5日
二十数年前、南関東にロジータという牝馬がいた。 4歳(現3歳)時は、南関東8戦中2着1回、残り7戦負けなしの連帯率10割であった。 ロジータと巡り合ったのは大井競馬場で行われた「東京王冠賞」だったと記 [...]

究極の堰・山田堰 投稿日2016年10月22日
朝倉市山田にある「山田堰」は筑後川の北側の農地に農業用水を取水するため江戸時代に130年ほどかけて建造されました。 筑後川の北側の地域は筑豊地区と筑後平野を隔てる山地の裾野に当たり、高低差で筑後川の豊 [...]

Am I a rich man? 投稿日2016年8月15日
二十年程前の最初で最後の海外旅行。 ワイキキのとあるホテル。三泊四日の最後のディナーは最上階の高級そうなレストラン。 料理とワインで満足した後はほろ酔い気分でお支払い。最終日の夜という事で財布の中身は [...]

「漢委奴国王」の読み方は? 投稿日2015年11月16日
金印「漢委奴国王」の読み方は「漢の倭の奴の国王」という読み方が通説となっているようで、高校の授業でもそう教えられた記憶があります。また福岡博物館のサイトにも「王朝名(漢)の次に民族名(倭)、そして部族 [...]

自由の気風の「亀井塾」 投稿日2013年6月26日
-昭陽先生と生徒たち- 「漢委奴国王」の金印を鑑定した父・亀井南冥(なんめい)の後を継ぎ、私塾「亀井塾」を起した昭陽先生はある日、近隣・若者組の神事用・幟(のぼり)の揮毫(きごう)を快く引き受けますが [...]