ClubTwinHut

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ITメモとBLOGを書いています。
以前は複数のWordPressのページを管理していましたが、ページ数が多くなり過ぎて全てのページに手が回らくなってしまい、個人のページはClubTwinHutとしてひとまとめにしてみました。これで多少は遊びの時間を捻出できそうです。

 
 
 


名言・格言「黒板にちゅ~も~く!」

人を挙ぐるにはすべからく退を好む者を挙べし

宋名臣言行録

 
 

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【注目の記事】

漢委奴国王印の鈕は駱駝? 投稿日2020年6月28日
金印「漢委奴国王」の鈕(ちゅう・印のつまみの部分)は駱駝を蛇に改造したものではないかという説があるようです。言われてみれば蛇というよりは駱駝に近い様な気がしないでもありません。   中国の各 [...]

小倉碑文 投稿日2020年5月31日
宮本武蔵の碑 この碑は宮本武蔵の養子・伊織が建立したものである。伊織が播州(兵庫県)明石の藩主であった小笠原忠真に仕えたのは、寛永三年(一六二六)十五歳の時で、同九年小笠原氏が小倉に入国したときには [...]

筑後みやまの平家伝説 投稿日2020年5月9日
壇ノ浦の戦いで生き残った平家の一団は船または徒歩で博多を経て、そこから大宰府に向かったものと思われます。ただ頼りの原田種直は「葦屋浦の戦い」で源範頼に敗れもう平家の人々を守る力も気力もなかったのかもし [...]

外出自粛で一レフをゲットだぜ! 投稿日2020年4月26日
遊びに出たいが外出自粛。今年のGWはステイホームで何をしようか、と考えられている方は多いと思います。新型コロナ終息の暁にはあッちこッちに旅行するぞーと思いを馳せる方は、今こそその準備をする時、外出自粛 [...]

最近のお奨め旧作ビデオ 投稿日2019年12月29日
ずいぶん以前にみた映画ではやっぱタイタニックはよかったが、最近はトンと映画館へ足を伸ばした事がない。 ただ百円ビデオはたまに借りて鑑賞しているのであって、その中でもおもしろい作品にめぐり合うことがある [...]

野上一閑と三奈木弥平次 投稿日2018年12月17日
大友氏が島津氏に大敗を喫した耳川の戦いから3年、筑後平野では秋月氏や龍造寺氏が弱体化する大友配下の諸城に攻めかかります。これに大友宗麟は救援の軍を送りますが、この兵の中に野上入道一閑という豪傑がおりま [...]

説教は大変だ!! 投稿日2018年5月1日
最近、つくづく説教とは大変だと思います。幸か不幸か仕事では説教などできる立場になったことはありませんが、身内にはヤッパリ必要で、やらざるを得ない場面が度々起こります。説教とは後進を良き方に導くために行 [...]

芦屋の史跡 -義将二人- 投稿日2017年5月3日
豊後の緒方氏の兵に大宰府を追われた平家一門は博多の東の箱崎を抜け、そこから東の海岸沿いに遠賀川河口の山鹿へ向かいます。 山鹿といえば熊本県山鹿市が有名なのですが、福岡県遠賀郡の芦屋町にも山鹿という土地 [...]

究極の堰・山田堰 投稿日2016年10月22日
朝倉市山田にある「山田堰」は筑後川の北側の農地に農業用水を取水するため江戸時代に130年ほどかけて建造されました。 筑後川の北側の地域は筑豊地区と筑後平野を隔てる山地の裾野に当たり、高低差で筑後川の豊 [...]

「漢委奴国王」の読み方は? 投稿日2015年11月16日
金印「漢委奴国王」の読み方は「漢の倭の奴の国王」という読み方が通説となっているようで、高校の授業でもそう教えられた記憶があります。また福岡博物館のサイトにも「王朝名(漢)の次に民族名(倭)、そして部族 [...]

自由の気風の「亀井塾」 投稿日2013年6月26日
-昭陽先生と生徒たち- 「漢委奴国王」の金印を鑑定した父・亀井南冥(なんめい)の後を継ぎ、私塾「亀井塾」を起した昭陽先生はある日、近隣・若者組の神事用・幟(のぼり)の揮毫(きごう)を快く引き受けますが [...]

上杉鷹山の祖は筑前人? 投稿日2012年9月22日
「なせば成る なさねば成らぬ何事も 成らぬは人の なさぬなりけり」 (「やればできる。やらないと事は成せない。やれないのはその人がやれないのではなく、やらないからだ。」) と言ったのは、江戸時代中頃 [...]